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2015年9月27日 (日)

金ヶ崎

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金ケ崎は南北朝争乱、天筒山は金ヶ崎の退き口の古戦場である。それらの史跡が残っており、遊歩道で巡ることができる。最高峰が171m、多くの老若男女が散歩を楽しんでいる。春の新緑、秋の木々に混じる紅葉もいい。

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南北朝争乱、南朝側の新田義貞他気比神宮の社家の兵および近在の無名戦士が金ヶ崎城に立て籠もる。しかし、幕府軍の圧倒的な兵力に囲まれ、最後は馬をも喰って餓死もしくは自決した。左画像 金崎宮摂社絹掛神社は総大将新田義顕他無名戦士含めて321名が餓死、自刃した。彼らを祀る。下画像 本宮は尊良(たかなが)親王、桓良(つねなが)親王等公家たちを祀る。

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中世、敦賀付近の戦いは新旧勢力の戦いであり、南北朝争乱は権門勢家の衰退と武士の台頭であった。新田軍を敦賀で迎えたのは気比社の気比氏治であり、この敗北で気比社の社勢は衰退に向かい、後の織田信長の越前国支配でより大きく傾いた。

現在は桜の名所であり、花換え祭など「縁結びの神」として、若い男女の参拝者を集めている

Sakurasandou

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