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2015年1月18日 (日)

敦賀今昔 敦賀港

Turugaminatost敦賀は天然の良港と地理的位置によって、古来よりその存在性をもっていた。交通手段が人馬の時代から。明治以降、大陸への進出の拠点として敦賀港は未曾有の繁栄をもたらした。(敦賀市立博物館発行図録『古写真が語る敦賀』から)

ユーラシア大陸・ヨーロッパへの連絡港となった敦賀港へは明治15年鉄道が敷設された。Borttrain日本初のボートトレインが設営されたボート・トレイン(Boat train)、あるいは船車連絡列車(せんしゃれんらくれっしゃ)は、船と 連絡を図る目的で港へ乗り入れて運行された列車だが、当然問陸への連絡船(欧亜国際連絡船)の定期航路ああった。旧制商業高校の修学旅行は大陸であり、授業カリキュラムに「ロシア語」もあった。ナチスに追われて上陸したユダヤ人も敦賀港であった。

 

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