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2014年12月 8日 (月)

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例年より早い雪がやって来た。北西の季節風にのって雪が吹き付ける。風景は一変する。波が荒々しく浜辺を撫でる気比の松原、しかし、古代渤海使船もこの季節風によって運ばれてきたのか。水戸天狗党も雪中険しい峠越えで敦賀に至り、そして352名が刑場の露と消えた。

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コメント

三度お邪魔します。
帆船は承知していませんが、ヨットでは横風が一番速度が出るとのこと。
追い風は、風速以上にならないのだとか。
台風バリの風速20mなら70Km/hですが、結構危険な航海かも。
想像ですが、航路から考えると東風か西風が効率が良さそう。
ただ、南風の時なら、日本に近づけずに潮で流されて東北コースと言う考えも捨てきれない。
後の北前船は理由は承知していませんが、冬の間は休業だとか。
冬の日本海はリスキーだと思うのですが。。。
もう一つは、北前船が列島に沿って北上南下出来たのに対して、渤海線は大回りしていますね。
潮流原因説が有力ですが、他に理由があるかもと見てます。

さてさて。敦賀の人はマメで、数センチの積雪でも自分家の前の歩道はちゃんと除雪するみたい。
信じられないことに、除雪しない町もあって、交番の前の歩道が歩けず子供達が車道を歩く光景も目にしました。
敦賀の皆さん、明日は大変そう。。。

渤海使が何月に来着したかはドキュメントは少ないのですが、秋から12月にかけてだと思慮されます。
http://www.archives.pref.fukui.jp/fukui/07/zusetsu/A12/A121.htm

はじめまして、京都市に住んでおるやなぎです。
実は私の母が敦賀出身で、敦賀に関する情報を探していたら、ここにたどり着きました。
小生、考古学を趣味としており、若狭・敦賀地方の遺跡・古墳などを訪ね歩いており、近畿の影響を受けた興味ある地域で、魅力を感じております。
これからもお付き合いのほど、よろしくです。

すいません、今回yanagiで出してしまいましたが、実は前にTAKAと同一の者です。
前回のコメントが、PCの関係からか、うまく送れてなかったと思い、名前を変えて再度送信してしまいました、深くお詫びいたします。
これからは、TAKAでお願いいたします。
管理人様、こんばんわ。
敦賀市内の古墳といえば、櫛川にある穴地蔵古墳が有名ですね。
横穴式石室の奥に,石棚がある古墳として有名ですが、この地域ではこの古墳が唯一の存在です。
敦賀市内の古墳は、平地には現在ほとんど存在しておらず、山麓や尾根上にいくつか残っていますね。
向出山古墳は、戦後すぐに発掘されて、畿内の古墳と同じ副葬品が出土して、いろいろな文献に取り上げられて、この地域の代表的な古墳の一つに挙げられています。

僕が注目しているのは、衣掛山古墳群です。
発掘調査で、殆どが破壊されていて、地上に痕跡をとどめておりませんが、調査の結果、30基以上からなる後期の群集墳であることが、明らかになっています。
古墳時代の後期になって、敦賀地域でも群集墳が築造出来うる勢力基盤が出来ていたと思います。

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