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2014年11月 3日 (月)

中池見湿地

Alljpeg中池見湿地、天筒山の東方に100m前後の低山にに囲まれた湿地帯がくぁる。面積約25ヘクタールほどの小さな湿地である。この湿地、10、万年以前から湿地帯として保持されてきた。氷河期を経て、現在に至る。保持したこと自体、奇跡的ともいえる。10万年以前からの地史がそこにある。この貴重な湿地は、2012年ラムさーる条約に登録された。動植物の絶滅危惧種も多く生息している。江戸期、新田開発が行われる以前はうっそうとした杉林の沼地であったであろう。Ame織田信長朝倉軍が守る天筒山城を攻める時、守りが手薄なこの沼地から攻めた。昭和j30年代ごろまでは、田が一面を覆っていた、深田の中池見は休耕田となり、その後、放置されていた。その放置が幸いししたかも入れない。宅地化や工場用地化から免れ、生態系の維持、里山の原型を残した。(国道8号線バイパスの通過以外)

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コメント

はじめまして、京都に住んでおりますものです。敦賀に関するサイトを見ていたら、ここに行き着きました。
実は小生の母が敦賀出身で、子供のころからこの町が第二の故郷になっています。
現在も親類が敦賀に住んでいる関係から、行くことが多いです。
趣味が考古学ということもあって、敦賀の古墳にも興味があり、これからも古墳見学に機会があれば行こうと考えております。

こんにちは。『敦賀の歴史』・『敦賀の歴史散歩』制作管理しているhisitoriaです。
敦賀はご存じだと思いますが、古代より重要な位置を占めていた町です。
敦賀の古墳はほとんど海が見えるところにあります。
古代に関して、お教えください。

TAKA さま、初めまして。
敦賀は古墳が多いですね。
保存されているのは数カ所みたいですが、跡地となると膨大です。
http://info.pref.fukui.jp/bunka/bunkazai/maizou/index.html
数える気にもなれません。。。

hishitoria さま。
古代を知るには、まず地形が現在と異なると言う意識を持たないと、解釈出来ない点が多くあると思います。
敦賀は、海から離れたところに「津内」と言う町名がありますし、気比神社の直ぐ近くは沼地だったとかナントカ言う話もありますね。
古い遺跡などが発見されていない場所は、戦火や自然災害で消滅した、或いは調査前に開発された(民家が建った)とも解釈出来ますが、その当時は人が住めない場所だったと考えるのが自然だと思います。
平野部ではない小高いトコロに古墳や遺跡が集中している地区も見受けられますが、、、、今でも生活に便利な場所ではありませんから、交通の発達していない時代に、わざわざ住む訳がありませんし、埋葬に適しているとは思えません。
お邪魔しました。

すみません。上記コメントのハンドルネームを間違えました。。。

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